2009年02月28日

給食開始

一昔前は、新学期が始まっても
しばらくは給食が始まらず、
学期末は早めに給食が終了して
子供たちは午前で家に帰っていたものです。
だから、私たちも学期末の仕事をする時間が
そこで確保できていたのです。

私の子供のころも、
それがうれしくて、
今日の昼ごはんは何だろう。
と話ながら弟と駆けて帰っていましたっけ。
結局お茶漬けかなんかなんだけど、
さっと食べて、いつもよりたっぷり遊べるし、
そんな時が好きだったな・・・。

だけど、最近はどこも給食の回数がどんどん増えて
中には朝に軽食を出す学校もあるそうで・・。
これは、家庭力の低下にかなり関係あるような気がします。
うちの学校でも、保護者からそういう要望がでているそうです。

とも稼ぎの家庭が増えたから・・というけれど、
私たちのころだって、
それぞれ結構貧しくて、母親もみなパートで働いていました。
だから3年生か4年生ぐらいになると 
私も弟の分までご飯を作ってました。
今のようにレンジなんてなかったけれど。
火の取り扱いについては、しつこいくらいに母にいわれていました。
卵焼きが焦げたら、それを自分のお皿に入れて、
弟にはなんとか母が作るようなきれいな卵焼きを作ってあげねば・・
と頑張ったりしていました。
そんな中で心身に育つものは
結構大事なものじゃないか・・と思うんです。

なんでも便利がよく、満たされているのは
子供にとってはちっとも有り難くないことかもしれません。
嬉しいのは親だけなんじゃないでしょうか。
結局、子供を育てる場を親が放棄しているような気がします。

・・ということで、
うちの学校も来年度からは給食回数が増えるようです。
それでなくても学期末処理をする時間がないのに、
どうなるんだろう・・・・。たらーっ(汗)


posted by ブー子 at 15:26| Comment(2) | school 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月22日

棚にあげる

ある本で読んだのですが、
「今の大人は、子供たちに、もっと自分のことを棚に上げて意見すればいい」
・・という記事。

最近、委員会で仕事をしながら、6年生のある女の子が、
「うちの中学の兄ちゃん、成績が落ちて父さんにゲーム取り上げられてたけど、父さんだって高校途中でやめたのにうざいって、兄ちゃん怒ってた。」
っていうのです。
それを聞いていたもう一人の子も
「そうそう。うちの父さんも高校いってないらしいよ。だから、兄ちゃんの進学の話するとき、母さんにあなたはだまっていてっていわれてる。」

そんなあ・・・・・・・。

大人だって、迷いながらここまできました。
今だに迷いながら生きています。
でも、迷いながら来たからこそ、子供たちに言えることもある。
迷わなかった人には見えないことも見えているはずです。

職員間でもそうです。
生徒指導の担当が、「廊下階段を静かに歩くように指導を強化しましょう」といいながら、その先生のクラスの子が一番走っていたりする。
それを、影で悪く言う人もいうけれど、
担当として言っていることだから、いいんじゃないかと私は思うのです。

親として、教師として、大人として
振り返れば迷ってばかりでまっすぐには歩けなかった自分ですが
それを棚に上げて、
子供たちにしっかり語っていきたいな・・とおもうのですが・・・

どう思われますか?

2009年02月13日

バレンタインデー

毎週金曜日は「お残りがんばりデー」
全学年5時間なので、
6時間目に全学年自由参加で
希望の補充の勉強をします。

うちのクラスの子供たちは
「残って勉強したほうが楽しい!!」
とたくさん残って勉強するのですが
今日は、どうも様子が違います。

「女の子たち、今日は残らないの?」
「今日はいそがしいの。
 だって、これから男の子の家を全部回ってチョコを配らなきゃいけないんだもん。」
え〜〜〜〜っ。
「去年も配ったの?」
「うん。配ったよ。
 でもね、Kくんだけ、お返しくれなかったんだよ。」
なんだって〜〜〜〜。
お返し目当てに、チョコあげるなんて間違ってるよ!
そんなわけで、男の子たちだけで
過ごした勉強会でした。
posted by ブー子 at 00:00| Comment(0) | school 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月11日

自信を失う時?

ある小学校で経験年数20年、25年の女の先生が長く休んでおられるという話を耳にしました。
どちらも、クラスがひどく荒れていたらしい。

私はそのどちらの先生のこともよく知っているけれど、
児童が荒れたぐらいで仕事を投げ出す人たちではないと思っています。
では、なぜ、休みに入られたのか・・・。

その学校は1学年のクラス数が5〜6はあるような大きな学校です。

これは私の推測でしかないのですが、
同僚のありかたではなかったのか・・と。

あるクラスに問題が起きた時、
それはその学年みんなの問題として同僚がとらえ
一緒にかんがえてくれていたのかな?と・・・。

私が若いころの学年主任の先生は
時にはうるさいくらい声をかけてくれました。
「今、どこを教えているんだ?」
「プリント作ったから、これ使いなさい」
「市民憲章は教室の右の窓の上にきちんと掲示しなきゃだめだぞ」
「学級通信を一枚私にも出しておくこと!」
学年体育の後は、
「○組は服装が乱れ始めているな」とか
今流にいえば うざいこといっぱいいわれたっけ。
だけど、いつのころからかそれがなくなってきたのが現実です。

目の前の子どもたちの荒れは
担任だけで解決できる問題じゃない。
ましてや、今までの子供たちの生活の中から生まれてきたものであり
元担任だけの責任じゃない。

だから彼女たちに対して、
同僚がどうかかわったのか、
それがとても気になっています。

以前、精神的にまいってしまい、
学校にこれなくなった先輩先生が言っていました。
「原因はこどもじゃなかった。
 ある日、同僚たちに足元をすくわれた感じがして・・。」

今の子供たちはみな、
人間関係作りがうまくできないといわれているけれど、
彼らの前に立つ私達が
お互いにどうかかわり合っていくのか
子供たちはそれを試しているのかもしれない。
立派な言葉でなく、
われわれのおたがいの
日々のちょっとしたおもいやりの積み重ねを
子供たちはちゃんとみているのだと思うのです。

posted by ブー子 at 16:48| Comment(4) | school 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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